苗木くんの仕事を肩代わりする







首が痛くて目が覚めた。


「………?」


妙な息苦しさを感じて目を開けると、うっすらと涙で視界が曇っている。もぞもぞと身体を動かせば、首やら肩やらにぱきりと小気味のいい音を発して、鈍い痛みは走った。ゆっくりと身体を動かすと、肩に掛けられていた毛布が滑り落ちる。あれ、と苗木はその毛布を拾い上げるでもなくぼんやりと見つめながら状況把握を進めた。机の上に散らばった資料と、すでに空っぽになったマグカップ。どうやら、資料の整理をしていた途中で寝落ちしてしまったらしい。しまった、これは急いで仕上げなければいけないものだったのに。眠気が晴れないながらも資料に目を通そうとしたところで、首を傾げる。すでにまとめるべき資料は一つのファイルにきちんと収まっている。しかし自分がやった記憶がない、と疑問符を浮かべていると、部屋の扉が開いた。


「おはよう、苗木くん」
「………星歌さん?」
「仕事なら私がやっておいたよ。とはいっても、ほとんど終わっていたけどね」


黒スーツを纏った星歌は、柔らかい笑みを浮かべながら持っていた新しいマグカップを差し出した。なみなみと注がれたコーヒーを受け取れば、星歌は机にあった資料を一枚手にとって、自分に持ってきたコーヒーに口をつける。


「見つかったんだってね、希望ヶ峰学園の生き残り」
「うん。だけど、彼らは――――


苗木はそこで言い淀んで、ファイルへと目を落とした。見つかった15人の希望ヶ峰学園の生き残り。だが、彼らはただの生き残りではなかった。一度は生存を喜んだ彼らこそが今の世界を作りだした元凶――――『超高校級の絶望』達なのだ。江ノ島盾子によって絶望へと堕とされ、世界にその名の通り絶望を振りまく存在になってしまった超高校級の才能の持ち主たち。そんな彼らを確保する計画が今、未来機関によって着々と練られている。その為の資料を作っていた途中で、苗木は睡魔に負けてしまったらしい。情けないな、と苗木はコーヒーをもう一口飲んだ。以前は苦手だったこの苦さにも未来機関に来てからはだいぶお世話になっていて、今ではすっかり慣れてしまっていた。


「彼らは、どうなるのかな」
「未来機関に言わせてみれば、彼らは首謀者だ。積極的に処分を推し進めるだろうね」
「………そう、だね」


淡々とした星歌の物言いに、苗木は俯いた。未来機関が彼らを拘束すれば、確実に処刑するだろう。絶望の種を断つために。けれど、それでいいのだろうか。本当に、彼らを『超高校級の絶望』として処刑するしかないのだろうか。そうではない、と苗木は思う。彼らはただ江ノ島盾子の絶望に憑りつかれているだけだ。彼らはまだやり直せる。もう一度、希望を持つことが出来る。絶望に挫けても、絶望に沈んでも、手を差し伸べることによって再び歩み始めることだって可能なはずだ。そんな苗木の考えを見透かしたように、星歌は彼の頭を撫でた。


「彼らの処遇に関しては、十神くんに上と掛け合ってもらおうか」
「え?」
「どうせ、彼らにもやり直す機会を与えたい、なんてことを考えてるんだろうと思ってさ」


星歌がくしゃりと頭を撫でると、苗木は恥ずかしそうに「もう、やめてよ」と抗議を口にする。それでも星歌に触れられるのは嫌いではない、むしろ喜ばしいことなので、そのままされるがままに星歌の好きにさせる。星歌もそれが分かっているからか、今度は髪を梳くような手つきに変えて、表情を綻ばせた。


「この資料を提出したら、霧切さん達に話してみよう。まあ、十神くんには怒られると思うけど」
「うん。目に浮かぶよ」


「本当にお前は甘っちょろいな、付き合っていられない」とぐちぐちと文句を言う十神の姿がありありと想像できる。星歌も同じような想像をしたのか、くすりと笑いを漏らした。まあ、なんだかんだと文句を言いながらも最後は渋々ながらも同意してくれるのは十神なのだ。苗木は星歌が仕上げてくれた資料にもう一度目を通して、ゆっくりと噛みしめるように言った。


「きっと大丈夫。彼らだって、希望を取り戻してくれるよ」
「………本当に、キミって人は」


星歌は苦笑して苗木の労わる様に後ろから手を回して抱きしめる。苗木も小さく笑って、首に回された星歌の腕にそっと手を添えた。