狛枝くんに拒絶される







ぱしん、と乾いた音が響いた。最初は何をされたか分からなくて、けれどじんじんと次第に熱と痛みを帯びてくる右手に、なるほど払われたのかと理解する。しかもそれはやけに攻撃的な仕草で、目の前にいる狛枝くんも今しがた自分がやった行動が信じられないと言う風に目を見開いていた。少しずつ青くなっていく顔色と震えてくる身体。彼は何かを否定したいのか、ゆるゆると首を振りながら一歩後ずさる。


「狛枝、くん?」
「あ………ご、ごめんね、ごめんね飴凪さん、ごめん、ごめんなさい、飴凪さんごめんなさい」


小さく擦り切れる様な謝罪を、壊れたテープレコーダーのように延々と続ける狛枝くん。その尋常じゃない様子に、私は彼を引き留めるように手を伸ばす。今度は振り払われなかった。そのことに少しだけほっとして、彼の謝罪を打ち消すように「大丈夫」と私も壊れたテープレコーダーのように繰り返す。ごめんなさい、大丈夫、ごめんなさい、大丈夫。二人で馬鹿みたいに同じ単語を言い合って、それからしばらくして狛枝くんは落ち着いたようだった。


「落ち着いたみたいだね」
「うん………。あはは、ごめんね、飴凪さん」
「私は大丈夫。………何か嫌なことでもあった?」
「そういうわけじゃないんだ。ただ――――なんとなく、左手で飴凪さんに触ったら、いけないような気がしてさ」


可笑しいよね、と狛枝くんはいつもみたいに朗らかな、けれどどこか自嘲を含んだ笑みを浮かべてみせた。右手で左手を何度もさすりながら、「なんでだろうね?」と自分でも疑問に思うのか私に訊いてくる。今まではそんなことなかったのに、と言いながらも、狛枝くんは自分の左手を見ようとはしなかった。意図的に視線を逸らして、笑ってみせる。


「そう。てっきり、嫌われたのかと思ったよ」
「まさか! 希望の象徴である飴凪さんを嫌ったりするわけないよ!」


そんなやりとりが出来る程度には狛枝くんはいつもの調子を取り戻して、私達はコテージへと戻る歩みを再開した。その間、狛枝くんはいつにも増して口数が多かった。狛枝くんの口から毀れる『希望』という響きは、熱を通り越してどこか張りつめたものさえ感じさせる。私はそんな狛枝くんの隣に並びながら、意識は彼の左手に向けられていた。もちろん、人の視線に聡い狛枝くんにばれないようなくらいに細心の注意を払いながら。どうしてそこまでして彼の左手が気になるのかは、あまり考えなかった。頭の中ではさっきの光景と狛枝くんがぐるぐると連続再生されている。そうして、私はふと思った。彼は左手で私に触れてはいけないと思ったと言っていたが、私にはむしろ、


(左手に触ってほしくなかったみたいに見えた――――なんて)


こんなことを考えるなんて、私も狛枝くんの影響を受けているのだろうか、と一笑する。叩かれたときの熱と痛みが、じん、とまた右手に戻ってきた。