皆で集合写真を撮る






「写真を撮ろう」


どうしてそんな話になったのか、今まで教室を離れていた私にはまったくもって見当がつかなかった。ただ、教室の中に入るとすでに皆は教室の後ろの方に集まっていて、あの戦場さんもちょこんと列の隅に加わっていた。苗木くんは銀色のデジカメを片手に私の手を引く。遅れてきた私は戦場さんの隣に並んで、デジカメを覗きながら立ち位置を調節する苗木くんを眺めていた。ふと、なんだか視線を感じて横を見ると、戦場さんがじっとこちらを見ている。彼女の視線は目つきの所為だろうか、普通の人より鋭く感じた。


「戦場さん?」
「………なんでもない」


声をかけると、ふいと逸らされる視線。私は彼女とあまり話したことがない。私は人間関係についてはいつも受け身な方で、自分から友達を作ったり話しかけたりするようなタイプじゃない。そして多分、戦場さんも同じだ。だからか、お互い肩を並べても話は弾まない。だけど、気まずさも感じなかった。ただなんとなく、彼女と肩を並べるのは新鮮に感じる。親近感に似たようなものさえ抱いて、それは自分と彼女が似たようなタイプだからだろうか、と思った。


「撮るよ! はい、チーズ!」


苗木くんの掛け声に合わせて、みんながポーズを決めたり肩を組んだり、切り取る姿を形作る。笑顔を作るのが苦手な私は、辛うじて口元を吊り上げる程度でピースを作った。変な笑顔になっていないといいけど。そして、フォーカスを覗き込んでいた苗木くんがデジカメから顔を離すと、私は皆から抜け出して苗木くんの方へと向かった。


「苗木くん、次私が撮るよ」
「じゃあ、頼んでいいかな」
「うん。まかせて」


そういえば、この学校には超高校級の写真家がいたっけ、と思い出しながら、フォーカスを覗き込む。全員がフレームに入るようにしながら、ふと、レンズ越しに苗木くんの姿を見た。こうしてみると、苗木くんの背の低さが目立つ。またそこも可愛い。苗木くんは私がさっきまでいた位置、つまり戦場さんの隣にいる。苗木くんは隣にいる大和田くんと楽しげに言葉を交わしていて、その横にいる戦場さんは。


――――あ)


ぱしゃり。


「ちょ、おい飴凪! いきなり撮るなよ!」
「ご、ごめん。手が滑った」
「おやおや? もしや飴凪星歌殿にはドジッ子の素質が? これは美味しいですぞ! いつもは何でも卒なくこなす系女子がどうでもいいことでミスって慌てる姿! 実に初々しいではありませんか!」
「お前………そんなこと言ってると苗木に殺されるぞ」
「おっとこれは失礼。飴凪星歌殿は苗木誠殿の嫁でありましたな」
「よ、嫁とか言わないでよ………っ!」


周りのからかいに顔を赤くする苗木くんは、女の私から見ても可愛らしい。本人にそういうことを言うとプライドが傷つけられるらしいので、出来るだけ言わないようにはしているが。私は一度手をスカートで拭って、整える必要もない息を整えて、再びフォーカスを覗き込んだ。だけど、目が行くのは戦場さんばかりだ。ふと、レンズ越しに彼女と目が合った気がした。そんなはずはないけど、いや、彼女ならあるかもしれない。だって彼女は『超高校級の軍人』なのだから。だけど、私の動揺の理由までは知らないはずだ。だってきっと、戦場さんだって気が付いてない。


(さっきの親近感めいたものは、これの所為だったのかもしれないな)


思いながら、私は「撮るよ」と予告した。気が付いたのだ。戦場さんの、苗木くんを見る目を見て。それはほぼ女の勘というやつなのだと思うけど、第六感を侮るなかれ、だ。それは一瞬垣間見えただけだけど、きっと間違いない。戦場さんが苗木くんをどう思っているのか分かったのは、きっと私も苗木くんに同じ感情を抱いているからだ。そして、さっき戦場さんが私を見ていたのはきっと。


「はい、チーズ」


苗木くんの掛け声より覇気がなくて申し訳ないが、私は元々こういう性格なので何も言わないでほしい。シャッターを押したとき、すでに戦場さんはいつも通りの無表情で背筋をぴんと伸ばして立っていた。さすがは軍人というべきか、重心の取り方が絶妙だ。人形師としては、ぜひ彼女の骨格バランスを――――と、そこまで思考が脱線しかけたとき、苗木くんから声を掛けられた。


「ありがとう、星歌さん」
「うん。どうしたしまして」
「タイマーがついてれば、皆で撮れたのにね」
――――ねえ、苗木くん」
「どうしたの?」
「………ううん、なんでもないよ」


そのとき、何を言おうとしたのか自分でも分からない。戦場さんの気持ちに気付いたところで、私に何が出来るわけでもない。戦場さん自身が苗木くんへの気持ちに気付いてないのなら、なおさらだ。結局、他の誰かが苗木くんに思いを寄せていたところで、私の彼への気持ちは変わらない。それさえあれば、十分だ。それでも、苗木くんを引き留めるぐらいの努力はするつもりだ。私以外の人を選ばせるつもりは、今のところ、ない。


「苗木くん。今度、二人だけで写真を撮ろう」
「二人だけで」
「そう、二人だけで。ツーショット」


そう言うと、苗木くんはにっこりと笑って承諾してくれた。戦場さんじゃなく舞園さんじゃなく私を選んでくれたことに対してお礼をいいたくなるくらいにその笑顔は愛くるしくて、私はずっとこの幸せが続いてくれればいいのになんて柄にもなく思ってしまった。そして、それが叶わぬ願いだったことを知るのは、もっとずっと先のことだった。