霧切さんが犯人捜し






※希望ヶ峰学園時代




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星歌ちゃん、大変だよ!」


昼休み、そう言って血相を変えて教室に飛び込んできた朝日奈に、新しい人形のデザインを描いていた星歌は顔をあげた。星歌の机の上には何枚もの紙が散乱しており、大きく×がつけられたものや、そこまでやるかと言いたくなるぐらいに細かい書き込みがされたもの、隅っこに暗号のような数字が描かれているものもある。しかし、朝日奈はそんなものには目もくれず「大変なんだよ!」ともう一度繰り返した。そんな慌てぶりに、星歌は小さく首を傾げた。


「どうしたの、朝日奈さん」
「と、とりあえず来て!」


そう言って、朝日奈はぐいぐいと星歌の手を引っ張っていく。言われるままに引っ張られていけば、着いたのは美術室だった。そこにはいつも見慣れたクラスメイトの顔もあり、一体どうしたのだろうかと星歌は首を傾げる。近づいてみると、周りに集まっていたクラスメイトが一歩下がる。それによって、彼らが覗き込んでいたものが星歌にも見えるようになり、そして、そこにあったものに星歌は目を見開いた。


「………うわ」
「酷いよね、こんなことするなんて」


後ろにいた朝日奈が憤慨して言う。対して、その被害者である星歌は大きく目を見開いたまま固まっているものの、傍から見れば朝日奈の方が今回の事件で被害を被った人間に見えた。星歌がリアクションが小さいのはいつものことだとして、星歌は床に散らばっている破片に手を伸ばす。屈むとき、小さな破片を踏んだのかぱきり、と硬質な音がした。


「これ、星歌さんが作ってた人形――――だよね」
「うん。私が昨日、下校時間ぎりぎりまでここで作ってたやつだよ。………そっか。壊れたか」


苗木の言葉に頷いて、星歌は再び視線を落とす。そこにあったのは、無残なほどぐだぐだに砕けた人形だった。置いてあった棚から落ちたのだろう。放射線状に散らばる欠片に、星歌は小さくため息を吐いた。手足は砕け、渾身の出来だった衣服の彫りも今やただのゴミとなっている。星歌はさっと立ち上がると、ロッカーに入っていた箒とちりとりで欠片を集め、流れるような作業で片づけを終える。それに呆気にとられたのは、周りにいた人間の方だった。


星歌さん? あ、あれいいの?」
「? なにが?」
「いや、だって………一生懸命作ってたから」
「良く知ってるな、苗木くん」
「昨日僕もここにいたしね」
「………そうだった」


昨日、一緒に帰ろうと苗木が美術室まで来てくれたのだが、ちょうど調子が出てきた星歌は「ちょっと待ってて」と隣で苗木に待っててもらうことにしたのだ。結局、その「ちょっと」が終わったのは一時間後だったので、星歌はそのお詫びとして手作り料理を苗木にご馳走してあげたのだった。星歌は綺麗に片づけられた床を見ながら、ほんの少し首を傾げる。


「今回は粘土人形だったからね。あれは壊れやすいんだ、仕方ない」
「だけど、星歌さん、前に言ってたよね。人形は自分を切り取った一部だって。それだけ大切ってことでしょ?」
「そうだね。だけど、しょうがないさ。ただ、壊れた子には申し訳ないと思うかな。あと少しで完成だったんだ。………せめて、ちゃんと形にしてあげたかった」


寂しそうに言う星歌に、誰もが口を噤む。人形は棚の方に置かれていたし、自然に倒れたにしては不自然だった。故意なのか事故なのかは分からないが、人の手によって壊されたのは事実だろう。星歌もそれは分かっているはずだったが、彼女は人形の壊れた経緯について触れることは何も言わなかった。ただ、仕方ないね、と一言で済ませる。その一言でその騒ぎは幕が下りるはずだった。彼女の一言が無ければ。


「おそらく、壊れたのは今日の3時限目から昼休みの間でしょうね」
「霧切さん?」
「ねえ、その人形に使われていた粘土は、比較的乾くのが早い種類でしょう?」
「そうだよ。だから、手早く形を作らなくちゃいけない。私が使ってたのは、その中でも硬化速度が速いから。それがどうかした?」
「もしかして、霧切さん」
「そうよ、苗木くん。私はこの事件の犯人を突き止めるわ」


それまでじっと床を見つめていた霧切が、唐突に犯人を捜すと言い出したことに、星歌は壊れた人形を見つけたときよりも表情を動かした。霧切はそれきり言っただけで、すぐに粘土人形を置いていた棚とまだ微かに小さな欠片の残っている床を交互に見始める。星歌はそこで、慌てて言った。


「霧切さん、そんなのいいよ」
「………別に貴女のためじゃないわ。犯人の分からない事件があれば、突き止めたくなる。それは探偵の本能よ」


そうだった。目の前にいる彼女は、超高校級の探偵。どんなに些細な謎でも、一度引っかかったなら気が済むまで調べる。それが霧切響子という人間だ。ならば好きにさせておこう、と星歌は止めようとしていた手を下ろす。だが、彼女ほどの探偵なら、放課後までには――――いや、この昼休みの間で犯人を突き止めてしまうんだろう。


「えっと………それじゃあ、任せてもいい?」
「ええ。必ず突き止めて見せるわ」


力強く頷く霧切は、なんだかいつもより気合が入っているように見える。一通り現場を見終われば、霧切はさっさと教室を出て行った。何か他の手がかりに心当たりがあるのだろうか? 霧切が教室に出て行ったことにより、今までその場にいたクラスメイト達も散り散りになっていく。そこに最後まで残っていたのは、苗木と星歌だった。


「行こうか、苗木くん」
「そう、だね」
「………ほら、そんな顔しないで。形あるものはいつか壊れるものなんだから」
「そうだけど………」
「まったく。君は優しいね、苗木くん。私はそんな苗木くんが大好きだよ」
「い、いきなり何言ってるんだよ!」
「そう思ったから言ったまでだよ。ほら、そろそろ教室に戻ろう。それともこのまま二人でサボろうか?」
「………サボらないからね。帰ろう、星歌さん」


突然の告白に、苗木は顔を赤くしながら星歌の手を取る。星歌を引っ張る様にして前を歩く苗木の顔は赤く、星歌はくすりと笑って苗木の手を握り返した。












飴凪さん、見つかったわ」
「………本人まで連れてこなくて良かったのに。というか、すごく怯えてるんだけど」
「………そんなことないわ。気の所為よ」


放課後、霧切によって見つかった隣のクラスの生徒が顔を蒼褪めさせながら星歌に平謝りする様に、それを見ていた苗木は(霧切さん、やりすぎだよ)と苦笑するのだが、それはまた別の話である。