狛枝くんを見つける






※捏造中学時代 not固定夢主




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私がその人に会うとき、彼は必ずと言っていい程怪我をしている。怪我はしていなくとも、明らかに何かよからぬことがあった後であることは確かだった。頬が腫れていたりびしょ濡れだったり、切り刻まれた教科書が手にあったり、制服が泥塗れになっていたり。それでも彼はいつも笑っていて、最初はそれが不気味だと思っていた私も今ではすっかり慣れてしまっていた。


「不運のあとには、必ず幸運がついてくるんだ。それまでの不運が帳消しになるぐらいのね」


そうやって話してくれたのはいつだったろうか。確か、真冬のプールに突き飛ばされた後の狛枝先輩に会った後だったろうか。冬のプールなんて、水は濁ってるし冷たいし、それはもう悲惨なことになっていた。しかも丁寧に体操服まで盗まれていたのだから、私はその用意周到さに驚くしかなかった。そして今日は、手首足首を縛られた狛枝先輩がいる。というか、転がっている。体育倉庫で。


「………なに、してるんですか」
「あ、飴凪さん。悪いけどこれ、ちょっと解いてくれるかな」


後ろに回されて可笑しな角度で纏められている手首は、縄で擦り切れて血が出ていた。見るからに痛そうだ。なんとか解こうとしたが、荒縄な上に結び目がきつくてなかなか解けない。仕方なく、私は持っていた筆箱から鋏を取り出す。その間も、狛枝先輩は相変わらず転がったままで笑っていた。その笑みに慣れてしまった私も私だ。鋏で手首の荒縄を切って、足に巻かれた縄も切る。


「とりあえず、保健室行きましょう」
「もうこの時間だと開いてないよ」


こんな時間、というのは夜の8時だ。冬だから辺りは真っ暗で、職員室の明かりもすっかり落とされている。けれど、手首の傷は消毒した方がいい。私はなんだかんだと言ってくる狛枝先輩の言い分をすべて無視して、一番近いコンビニへと連れて行った。消毒液とガーゼと包帯を買って、コンビニの前に座る。こんなことをしていると営業妨害になってしまいそうだったが、明るい場所じゃないと上手く手当て出来ないのだから仕方ない。


「よし。出来ました」
「ありがとう、飴凪さん。そういえば、飴凪さんはどうしてあんなところに来たの?」
「探し物です」
「あ、もしかして探し物ってこれ?」


そう言って狛枝先輩がポケットから出したのは、私の家の鍵だった。紐が通されただけの無愛想な鍵はまさしく私の探していたもので、私は彼の手からそれを受け取った。ずっとポケットの中に入れていたからか、ほんのりと温かい。良かった、これがないと家の中に入れない。


「これ、何処にあったんですか?」
「マットの下にあったんだ。殴られてるときに偶々目に入ったから、なんとなく取ってみたんだけど」
――――あの、大丈夫ですか?」
「え? ああ、平気だよこのくらい。ボクみたいな矮小な人間の心配をしてくれるなんて、飴凪さんは優しいね!」
「そりゃあ………。毎度毎度、ボロボロになった後の狛枝先輩と遭遇してるんですから、心配もしますよ。もしかして、わざと私の前に出てきてます?」
「まさか。偶然だよ」
「そうですか………」


そんな偶然があるものだろうか。私が探しているわけでもないのに、私はいつも狛枝先輩を見つけてしまう。それも、不運に見舞われたあとの狛枝先輩を、だ。何か不思議な力でも働いていると考えたくなるほどの遭遇率に、私は無意識に狛枝先輩の手首に巻かれた包帯を見ていた。


「うん。そうだよね、不思議だよね。だけど、ボクはなんとなく分かる気がする」
「何がですか?」
「いつか話したよね。僕に不運が降りかかると、それを上回る幸運がやってくるって」
「言ってましたね。狛枝先輩を見てると、そうは思えませんけど」
「そうでもないよ。ボクはちゃんと幸運に会ってる。その幸運に会う為に不運を求めてしまうぐらいにね」
「………?」


その「あう」のニュアンスが、なんだかいつもと違うような気がした。その幸運、という言い回しも、まるでやってくる幸運の正体が判ってるみたいだ。そして、狛枝先輩は私が握っていた銀色の鍵を奪い、思い切り放り投げた。それは一度アスファルトに跳ねて、マンホールの蓋に開いている穴へとホールインワン。私の家の鍵は、見事にマンホールの中へと落ちていく。あんな小さな穴に鍵が入るなんてそれこそ嘘みたいだが、狛枝先輩は「ついてるね」と感慨もなく言うだけだった。しかし、そんな実況をしている場合じゃない。あれがないと、家に入れないのだ。両親は仕事で出張中で、帰ってくるのは数日後。


「な、何してるんですか! 鍵がなかったら………!」
「うん。家に入れないね。だから今日はボクの家に泊まりなよ」


狛枝先輩は一見すれば人の好さそうな笑みを浮かべて、私の手を取った。狛枝先輩の行動が理解できない私は、半ば引きずられるようにして狛枝先輩に引っ張られていく。そうして、私の手を掴んだまま狛枝先輩は「あのね」と言って振り向いた。狛枝先輩が私を見る。暗い歩道で街灯を背にしているのに、その瞳だけがやけに輝いている様に見えた。その輝きに、ぞくりと背筋が粟立つ。目が離せなくなって、言葉も話せなくなる。その言い様も無い光を宿した瞳を、狛枝先輩はゆっくりと細めた。


「僕に不運が降りかかると、必ず飴凪さんがボクを見つけてくれるんだ」
――――
飴凪さんに見つけてほしくて、今日も抵抗せずにあの倉庫に閉じ込められたままだったんだよ」
――――え、と」


何を言っているんだろうか、この人は。それではまるで、私に会いたいが為に不遇に身を落としていると聞こえるのだが。いや、後半の言葉はそのままそう言っていた。私は突然の告白に、鍵を奪われたことへの怒りも吹っ飛んだ。頭を混乱させながら舌が縺れないように問う。


「そ、そんな、だって、もし私が見つけられなかったら、」
「大丈夫だよ」


狛枝先輩が微笑む。狂気さえ感じさせるその綺麗な笑みに、私は目を逸らすこともできず、反論することもできず彼の言葉を待った。そうして、狛枝先輩は言う。


飴凪さんが、ボクの幸運なんだよ」


だから見つけられないはずがないんだ、と、ただただ、嬉しそうに言うだけだった。