苗木くんとコーラ






この学園の食堂は、不思議なことに様々な食料が用意されている。中には普通に過ごしていてはお目にかかれないような珍しい食材だって。その中には、コロシアイなんて殺伐とした単語には似合わないものもあった。例えば、コーラとか。こんな非日常的な出来事に囲まれているからだろう。あまり炭酸を好まないボクだったけど、少しでも日常の味を思い出したくてそれを手に取った。だけど、500mlをすべて飲み干すのはさすがに無理そうだ。元々好き好んで飲むものでもないし。しょうがないので、一度封を開けて少し飲んだあと、名前を書いておくことにした。だけど、炭酸というものは封を開ければ少しずつ抜けていくもので、しかもうっかり存在を忘れていたこともあって、ボクが再び思い出したときにはすでにしゅわしゅわの「しゅ」の文字もなかった。


(気の抜けたコーラとか、ただの甘いジュースだよな………)


ボクは炭酸が苦手だが、だからといって炭酸が抜けたあとの炭酸飲料を飲めるかと言われれば、これまた疑問だった。あの甘ったるさというか、中途半端に舌に残る炭酸の名残があまり得意ではないような気がする。炭酸の抜けたコーラが苦手と言う人も結構いるだろう。捨てるにはもったいないし、かといって無理に飲もうとも思わない。さてどうしよう、と冷蔵庫の前で悩んでいると、食堂から厨房に入ってくる人影を見つけた。


「おや、苗木くん。どうかした?」


入ってきた飴凪さんは、冷蔵庫の前で突っ立っているボクを見るとこちらへやってきた。そのとき、ふと思い浮かんだ言葉をボクはそのまま口にした。


飴凪さん、これ、良かったらいる?」
「コーラ? へえ、こんなものがあったんだね。でも、私は………」
「うん。炭酸抜けてるから、大丈夫だよ。飴凪さん、炭酸が抜けたコーラ好きだったよね?」
「え?」


ボクの言葉に、飴凪さんはきょとんとした顔を浮かべた。そして、ん、と小さく眉を寄せてボクを見てくる。何か可笑しなことを言っただろうか、と身体を固くしていると、飴凪さんが小さく言った。


「私、苗木くんにそのこと話したことあったかな?」
「え………?」


今度はボクが呆然とする番だった。どうして、ボクは飴凪さんが味覚嗜好を知っていたんだろう。どこかで聞いた? いや、そんな覚えはない。だけど、不思議と自然に出てきたその言葉は違和感なくボクの中に溶けていた。どうして、と頭を悩ませても思い当たる節はない。ただなんとなく、そうなんだろうと思っただけだ。勘、といえばいいのだろうか。それにしては、ボクは疑いなくそれを信じていた。ぐるぐると加速し始めた思考は、けれど、飴凪さんの伸ばした手によって遮られる。触れた指先に、思わずペットボトルを落としそうになったけど、半分ほど中身の減ったそれは問題なく飴凪さんの手に渡った。


「まあいいさ。別に間違ってないから。変わってるだろう、気の抜けた炭酸が好きなんて。この甘ったるさがなんとも言えないんだけど。苗木くんは炭酸好きなの?」
「うーん、どっちかと言えば苦手かな。ただ、なんとなく飲みたくなって」
「分かるよ、それ。苦手だけど、手が出てしまうときって。………状況が状況だから」


言ってあとで、飴凪さんは「ごめん、失言」と言って苦笑いした。ボクも薄く笑って、飴凪さんがごくごくと甘ったるいカラメル色の液体が飲み干されるのを見ていた。炭酸が抜けているからだろうけど、随分と威勢のいい飲みっぷりだ。一気にそれを飲み干して、ふう、とため息をついた飴凪さんを、ボクは少しだけ可愛いと思った。空っぽになったペットボトルは、――――ペットボトル?


「あ」
「うん?」
「あ、や、なんでもないんだ!」
「気になるんだけど」
「ほ、本当になんでもないんだ」


たった今可愛いと思った女の子に「間接キスしちゃった」なんて、ボクには言えるわけがなかった。