苗木くんとなんでもしてくれる券






※ ≠希望ヶ峰学園




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「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」
「うわ、モノクマ………学園長だ」
「呼んでもないけど」
「うぷぷぷ、今日も仲が良さそうだねぇ。青春してる? 青春しちゃってる?」


昼休み、あと5分で授業が始まるという微妙なタイミングで現れたモノクマに、苗木はげんなりとした表情を浮かべた。この意味不明生物が現れると決まっていいことが起きない。いや、ぶっちゃけ面倒なことばかり起きる。というか、貴重な星歌さんとの時間をこんなことで浪費したくないんだけど、早くどっかに行ってくれないかな、と苗木はさっさと話を進めることでモノクマを追い払うことを選択した。


「で、なんの用だよ。お前」
「今日は飴凪さんに用があるんだよね!」
「私に?」


はて、なんだろう、というように星歌は机に頬杖をついてモノクマの方をちらりと見る。モノクマはうんうん、と大仰に頷きながら星歌の方をびしりと指差した。


「そんな星歌さんを見込んで、頼みがあったりなかったり!」
「なんか前置きが結構飛ばされている気がしないでもないけど」
「まあまあ、気にしない気にしない。で、頼みっていうのは、僕の特大人形を作って欲しいんだよね!」
「却下」
「即答しちゃうの!? そんなツメタイ子だったなんて、モノクマショック!」
「私が作るのは人の形をしたものだけです。クマは専門外です」
「な、なんだってー!? こんなプリティーなクマを作るチャンスなんだよ? 絶対お得だよ?」
「拒否します」
「………うぷぷぷぷ。そんなこと言っちゃっていいのかなぁ? ご褒美もあるんだけどなぁ」
「百億円貰ってもやりません」


ふい、と視線を逸らして、すでに星歌はモノクマからの話を完全シャットダウンしていた。こうなったら、例え何を言っても聞かないだろう。そもそも、星歌は報酬で自分のポリシーを曲げる様な人間ではない。苗木もそんな星歌の気性を知っているからこそ、モノクマの声にはほとんど耳を貸していなかった。けれど、モノクマが出した条件は予想だにしないもので、その後の展開は想像すら出来ないものだった。


「もし作ってくれたら! モノクマ特製なんでもしてあげる券を贈呈しちゃうよ!」
「いりません」
「ちなみに有効対象は苗木くんです!」
「任せて下さい学園長。過去最高作品を作ってみせます」
「ちょ、星歌さん!?」
「さっすが超高校級の人形師だね!」


百億円積まれてもびくともしなかった鋼の信念が飴細工のごとく捻じ曲がった瞬間だった。というか、捻じ曲がり過ぎだった。クールに澄ました表情を崩さず、ぐっと親指を立てて間髪入れずに即答した星歌に、モノクマは満足そうにむふう、と頷いたあとて消えていった。現れるときは神出鬼没なのに、去っていくときは普通に教室の扉まで歩いていってるのがなんだか納得いかない気がするが、それよりも納得できないことが目の前にあった。


星歌さん、本気じゃないよね………?」
「本気だとも。私は人形については信念を持って向かい合っているからね」
「その信念がたった今曲がるところを見たよ」
「苗木くん。私は苗木くんなんでもしてくれる券が欲しいんだ。ぜひ」
「そんな本人の前で言われても………」


一体その券で何をするつもりなんだろう、と思ったが、それを訊くと本格的に後には引けなくなるような気がして、苗木は口を閉じた。星歌の願いだったらなんでも聞いてあげたいし、出来ることならなんでもしてあげたい。だが現実は非情でままならない。主に男のプライドとかが邪魔するときだってある。男にはどうしても譲れない一線と言うものがあるのだ。


「よし。では苗木くん、私は帰る」
「え? 午後の授業は?」
「駄目だ。なんだかアイデアが湯水のように湧いてくる。これも苗木くんのお蔭だ。君は本当にすごいな!」
「すごいのは星歌さんの方だよ、多分」


自分絡みでテンションが上がってくれるのは嬉しいが、如何せん内容が内容なだけに素直に喜べない。鞄に荷物を詰め込むこともせず、星歌は右手を挙げて颯爽と教室を去っていく。その芝居がかった動作も星歌にかかればまるで不自然じゃないのが不思議だ。


「………かっこいいな、星歌さん」
「まったくね」
「うわあ!? い、いつからそこにいたの霧切さん!」
「ついさっきよ」
「………ああ、うん。そっか」


ついさっきって何時だろうと思いながら、霧切も星歌が去っていった扉の方を見ながら、一体どうしたの、と苗木に訊いてくる。苗木はモノクマ登場からの一連の出来事を霧切に話し、霧切も神妙な顔で聞いていたが、最後まで聞き終ると、「なるほど」と小さく漏らした。


「その手があったわね」
「え?」
「ありがとう、苗木くん。参考になったわ」
「え? え………?」


今の話のどの部分を参考にするんだろう、とか、それを参考にして何をしでかす気なんだろうとも思ったが、それを訊く前に霧切もさっさと自分の席に戻っていく。苗木はこれから一体自分の身になにが起こるのかと考えながら、午後の始業チャイムを聞いていた。



(そして、後日渡された『なんでもしてあげる券(苗木くん用)』の発行人はどうしてか霧切だったとか)