励ましてくれる苗木くん






触れたその温度は、少女にとっては嫌悪よりも馴染み深さを感じさせた。


飴凪さん、は………平気なの?」


後ろから掛けられた声に、星歌は振り向いた。そこにはこの部屋の本来の持ち主である苗木が顔を青くしており、星歌の目の前には息絶えた舞園の死体がある。血は流れきって冷たくなっており、元々白い肌はもはや青いと言ってもいいほどに色を失っていた。星歌はひんやりとした舞園の頬に触れながら、苗木から再び舞園へと目を移した。


「平気なわけじゃないさ。ただ、他の皆よりは抵抗がないだけ」
「………まるで、霧切さんみたいだね」
「彼女と一緒にしたら失礼だよ。彼女はきちんと死体を死体として扱ってるから」
「え?」


それはどういう意味だろう、と苗木は首を傾げた。星歌はぺたぺたと舞園の死体に触れながら、その身体の硬直具合を調べる。さすがに傷口を直視するのは憚れたのか、ちらりと見ただけで顔を背けた。その様子に、苗木は少しだけほっとする。それが普通の人間の反応だ。霧切のように平然と調べられる方が変わっている。星歌はシャワー室から出てくると、覚束ない足取りで部屋を出て行く。苗木はしばらくその背中を追おうかどうか迷ったが、すぐに星歌の後を追う。部屋を出れば星歌の姿はすぐに見つかった。自分の部屋の前でぼんやりと立っている星歌は、苗木の姿を見て苦笑いを零す。苗木が星歌の隣に並ぶと、星歌は部屋の扉を開けて苗木を招いた。どうやら、女子の部屋も男子の部屋もほとんど内装は同じらしい。窓に打ち付けられた鉄板に、胸が重くなる。星歌はベッドを指差して力なく笑った。


「ごめん、ちょっと座っていいかな」
「うん。………飴凪さん、顔が青いよ。やっぱり無理してたんじゃ」
「いや、大丈夫。無理はしてないから」
「ならいいんだけど………」


ベッドに腰を下ろした星歌の隣に、苗木も座る。ちらりとシャワールームの扉が目に入って、ここは星歌の部屋で舞園の死体などないのに、目を逸らしてしまう。二人分の体重を受け止めたベッドはスプリングを軋ませて凹んだ。星歌は今しがた死体を触った手を握りしめながら、ぽつりと言う。


「苗木くんにはもう言ってたね。私が人形師だってこと」
「超高校級の人形師――――だよね」
「そう。だからだろうね。今の私には、彼女が人形に見えるんだ」


星歌の作る人形は精巧だ。傍目から見れば人間に見えてしまうぐらいに、精巧すぎる。いかにして無機質を人間に近づけるか。そうやって作ってきた星歌にとって、動かなくなった舞園の身体は自分が今までに作ってきた人形と大差なく見えてしまう。それは、舞園への侮辱だ。彼女は確かに昨日まで生きていて、息をし、夢を目指し、笑っていた。それを人形として見るなどあってはならないと分かっていても、星歌の人形師としての性が、死体に興味を持つのだ。人間よりも人間らしい人形を作りたい。人間に遜色ない人形を作りたい。人形師としての本能が、その手を舞園の死体に伸ばさせた。彼女の死を弔う為ではなく、彼女の死を作風の糧とするために。自己嫌悪に項垂れれば、次に忍び寄ってくるのは恐怖だった。


「………私も、あんな風になるのかな」


コロシアイを強制されたこの学園で、舞園の後を追うのは自分かもしれない。例え次の犠牲者でなくても、いつか誰かに殺されてしまうかもしれない。そんな不安がじわじわと精神を蝕んでいく。いつか、自分も手掛けてきた人形のようになってしまうのかと思うと、ぞっとしない。困ったように笑い俯けば、ふと右手に温もりを感じた。驚いて顔をあげると、更に強く右手を握られる。


「大丈夫だよ、飴凪さん」


何を根拠に、と言いたかったが、不思議と苗木が言うと、そうなのかもしれないと思えた。握られた右手の温かさが、舞園の悲しい冷たさを失くしてくれる。


「僕はみんなと違って、何の取り柄もない普通の高校生だけど――――飴凪さんは、僕が守るから」


真っ直ぐに見つめられて言われた言葉に、星歌の胸が締め上げられる。例えそれがただの強がりだとしても、今の星歌にとってはなによりの希望だった。虚勢でもいい、嘘でもいい、誰かに大丈夫だと言ってほしかった。星歌はそっと苗木の手を握り返す。欲しかった言葉をくれたのが苗木で良かったと、星歌は心の底からそう思った。