合駒の勧告者






「次の建物。2時の方向から発砲。4秒後」


セイカの指示に、ヨナは斜め右の建物の影に目をやり、カウントを始める。1、2、3――――。影が大きく揺らぎ、銃口がこちらに向けられると同時に、すでに構えていたヨナが先手を打つ。ぱんっ、と乾いた音と銃の反動を感じながら、ヨナはすぐにセイカの手を引いて走り始めた。追っ手が増えている。向かう先は大通り。おそらくは、レーム達が車でこっちに向かっているはずである。と、セイカは息を乱しながら、ヨナに告げた。その手には携帯が握られている。


「ヨナ君、右折。次に二つ目の角を左に曲がる。5秒したら、後ろに撃って」
「分かった」


スピードを出来るだけ落とさず、大きく角を右に曲がる。セイカの頭のなかにはこの地区一帯の地図が広がっており、抜け道や細道も地元民並みに把握している。その中から、レーム達と合流するための最短ルートを計算し、走っていく。それと並行して、敵の動きを把握、予測、ヨナに告げる。からんっ、と、缶がゴミ箱から落ちる音が聞こえた。


「修正。5秒から3秒後。ヨナ君、左」
「分かってる」


細い路地を抜けて左に曲がると、向こう側には大きな車道が見えてくる。ヨナはセイカの計算を信じ、カウントと共に後ろに発砲。まるでセイカが脚本を書いたドラマの役者のように、敵はぴったりのタイミングで突っ込んできて、ヨナの放った銃弾に倒れた。車道に出れば、やはり計ったかのように現れる車。


「ヨナ、大丈夫か?」
「大丈夫。セイカ、乗って」
「ん。お邪魔します」


飛び込むように車に乗って、きゅるるる、とタイヤを酷使しながらの急発進。がくがくと揺れる車を、セイカはアールの腕にしがみつくことでなんとかやり過ごす。バックミラーを見れば組織の人間が二人、こちらに銃口を向けていたが、カーブを曲がった車からはすぐに見えなくなった。小さく息を吐いて、セイカは座席に背を預ける。


「疲れた」
「お疲れさん。どうだった、ヨナ」
「なにが?」
セイカの“予測”だよ。百発百中だったろ?」
「………うん。すごかった」


本当にセイカが告げた通りに事が進む。最初から最後まで、もしかして初めから仕組まれていたことなんかじゃないかと薄気味悪いぐらいに。ヨナは隣でぐったりとしているセイカの横顔を見た。そこにはさっきまで殺されかけていたというのに、疲労では隠しきれない笑みが浮かんでいた。小さく、口元が吊り上っている。それは命を狙われてもなお笑みを絶やさないココと同じものだった。自分の命が危機に晒されているというのに、眉一つ動かさないで、ただ笑みだけを浮かべる。だけど、ココとセイカに違いがあるとすれば。


セイカは楽しんでるんだ)


戦いの最中でも、彼女はきっと命を狙われているという自覚がないのかもしれない。いや、違う。自覚ならあるのだ。ただ彼女にとってそれはただの“情報”だ。事実だけを選別して、そこから三秒後、一分後、襲撃の始まりから終わりをすべて予測する。唐突に起こった偶発的な出来事さえ、彼女に情報として取り込まれれば即座に修正された予測で弾きだされる。自らの能力が活かされることを、セイカは心底楽しんでいる。


セイカ
「イエス。私は楽しいの、ヨナ君」
「………セイカは人の心まで読めるのか?」
「おいおい、止めてくれよ。そんなことまで出来ちまったら、いよいよゲームで勝てなくなるだろ?」


茶化すようにアールが言って、セイカもくすくすと笑う。ヨナはそんなセイカを見て、自分はそんなに分かりやすい顔をしていただろうか、と首を傾げた。











「おかえり、セイカ! 怪我とかしてない?」
「うん。ヨナ君が守ってくれた。ヨナ君強い」
「そりゃあ、私の部下だからね! セイカの護衛ぐらい、どんと任せてくれたまえ!」


胸を張ってそういうココも、実際はそれほど心配していなかったらしい。これもヨナに対する信頼が厚い印だ、とセイカは己のことのように嬉しくなった。セイカのいるキャスパー陣営のなかでセイカは若い方で、周りの人間はいつだってセイカを妹のように可愛がる。自然と接する人間も年上が多く、だからか年下の友人というものはヨナが初めてだったりする。自分がされているように、セイカもついヨナを猫かわいがりしてしまうのだ。


「ああ、そうそう。さっきキャスパーから連絡があったよ。明日には迎えに来るって」
「そっか。ねえ、今日のこと言った?」
「言ってないよーん。だけど、すぐにバレると思うけど。キャスパーの情報網って時々分かんない」
「そうだね」


キャスパーのことだから、すでにセイカが銃撃に会ったことは知っているかもしれない。今までも何度かこういうことはあった。その度に、その組織は丸ごと壊滅させられる。禍根が残らないように、末端の末端まで洗い出して始末をつける。その時のキャスパーの恐ろしさは、セイカがよく知っていた。セイカがキャスパーの元に帰るころには、今回のターゲットの資料が机の上に用意されているだろう。集めた情報と、パソコン一つと三メートル四方の部屋。それだけあれば、セイカは世界を掌握できる。チェスゲームのように、予測を展開して盤面をなぞる。


「ねえ、ココ」
「ん?」
「お腹空いた」
「よし! じゃあ、ご飯行こう! いい店見つけたからさ。ヨナにもご褒美買ってあげなきゃね」


上機嫌でコートを羽織るココに、セイカは携帯を見た。さて、あと何時間でキャスパーは来るだろうか。それを予測して、セイカは微笑んで秒読みを始めた。