盤上の女王






「はーい、皆さん注目!」


ぱんぱんっ、と手を叩いたのは、プラチナブロンドに碧眼の女性。名をココ・ヘクマティアル。世界を股にかける武器商人である。そんな彼女の声に、部屋にいた全員が顔をあげた。全員の視線が集まっていることを確認して、ココは満足げに頷き腕を組む。さらりと銀の髪が肩からすべり落ちた。


「今日はこれから船で目的地に行くんだけど、ちょっとした偶然でおそらくキャスパー兄さんにかち合うでしょう!」
「なんだそりゃ」
「ちょっとした偶然って」
「明らかに仕組まれた偶然ですよ、それって」
「まあ、それは置いといて。今日はセイカも来るからねー。みんな、各自用意しておけよー!」
「マジか!」
「お嬢、そういうのはもっと早く言っておけって!」
「あー、あれどこになおしたっけ」


ココの口から出た『セイカ』という名前に、その部屋にいた全員が思い出したように立ち上がり、各々部屋に出て行く。さっきまでの密集していた人口があっという間に減り、残されたのはソファに座ったままのバルメとヨナだけであった。ヨナは、いきなり出て行った男達に首を傾げ、向かい側のソファに座ったココに尋ねる。


「ココ。セイカって誰だ?」
「ヨナ、会ったことないんですか?」
「うん」
「ああ、普段は連れて歩かないからね。セイカっていうのは、兄さんのお気に入りだよ」
「キャスパーの?」


その言葉から何を思い浮かべたのか、ヨナは眉を寄せて嫌そうな顔をした。それにココは噴き出して、更にツボにハマったのか、腹を抱えながら笑いはじめる。バルメはそんなココを「可愛らしいです、ココ」と幸せそうな顔で眺めており、ヨナはそんな反応にますます困惑して顔を顰めた。


「多分、ヨナが想像してるような子じゃないよ」
「どんなヤツなんだ?」
「おや、ヨナが興味を示しましたね。珍しい」
「えっと、私より年下で、ヨナより年上だよ。多分、まだ10代だと思うけど………。バルメはどう思う?」
「どうでしょう。言動は幼いですが、ココと並べば、20代に見えないこともないような………」
「分からないのか?」
「兄さん、セイカについては何にも喋ってくれないからねぇ。無駄なことはべらべら喋るくせに」


困った困った、と呟きながら言うココに、ヨナは『セイカ』という人物について想像を膨らませてみる。名前の響きからして、おそらくは女性だろう。ただ、キャスパーに気に入られているという言葉においては、内面は少なからず変人ぽいのではないだろうか。ココも気にいっているのだろう、わくわくとした顔だ。


「キャスパーに会うのは嫌だけど、セイカに会うのは楽しみだね」
「そうですね。私も久々に会いたいです」
「じゃあ、レーム達は何をしに行ったんだ?」
「フフーフ。訊きたい? ヨナ隊員」
「聞きたい」
「それはつまり――――リベンジだよ」











「王手です」
「あ、あー! しまった、やられた!」
「なんだよトージョ。これで何敗目だ?」
「うるさい。お前だって、チェスで一回も勝ったことないくせに」
セイカ、次は俺と麻雀だ、麻雀!」
「………ねえ、ココ。リベンジって」
「そう。セイカはね、ゲームの天才なんだ」


まるで自分のことのように胸を張りながら言ったココの視線の先には、男達に囲まれながら、照れくさそうに笑う少女とも女性もとれる年齢の女だった。ココと同じぐらいに伸ばされた栗色の髪を低く二つに結んでおり、今の今までトージョと将棋をしていた彼女は、言われるままに、次は麻雀の卓についた。メンバーは麻雀を持ちかけてきたアール、ルツ、レーム、セイカの4人で、すぐに牌をかき混ぜる音が聞こえてくる。しばらくは雑談交じりに牌を動かしていた4人だが、自分の番が回ってきたセイカが、閃いたというように瞬きした。


「あ、ロンです。清一色」
「早っ!」
「いきなり飛ばすねぇ」
「次上がるのは、多分レームさんじゃないですか?」
「出たよ、セイカの“予測”」
「おいアール。いきなりやる気無くすなよ」
「これならセイカに勝てると思ったのに………。っていうか、麻雀知ってたんだ」
「この前、キャスパーに教えてもらいました。そろそろ麻雀で持ちかけられるだろうって」
「余計なことを!」


アールが頭を抱えるのを見ながら、セイカが小さく笑う。ヨナは先ほどからじっとセイカを観察しているのだが、身のこなしや言動も普通の人間で、特別際立った個性があるようには見えない。あるとすれば、ココが言った通り、今までやってきたゲームに一つも負けていないということだ。その後も麻雀は続いたが、ついにアールがギブアップ宣言をしたのを見計らって、ココがヨナの前にセイカを連れてきた。


「ほら、セイカ。これが我が隊の新人くん、ヨナであーる!」
「ヨナ? ヨナ君?」
「初めまして」
「初めまして、ヨナ君。私はセイカセイカレーベルヴァイン。キャスパーさんの所でお世話になってます」


差し出された手を握り返す。その手は柔らかく滑らかで、ココと同じく武器を握らない人間の手だった。ますます分からなくなった、と思っていると、セイカはポケットから小さなデジカメを取り出す。顔をあげると、セイカがじっとヨナの顔を覗きこんできた。栗色の前髪の向こうには、珍しいヴァイオレットの瞳。そのアメジストの色彩に、ヨナは目が離せなくなる。ふと、セイカの瞳が笑みに細くなる。


「ねえ、ココ。写真取っていい?」
「いいよ。ねえ、ヨナ。いいよね?」
「………別にいいけど」
「あ、どうせなら私と一緒に写ろうよ! セイカ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ココの顔なら分かるから(、、 、 、 、 、、 、 、 、 、)


にこやかに頷いたセイカに、ココはいつものようにヨナを抱えるように抱きしめる。あちこちから羨ましそうな視線が向けられるが、慣れているヨナは特に気負いをすることもなく、セイカの持っているデジカメのレンズを見つめる。銀色の筺体は、どこかココの髪の色を思い出させた。


「ほら、ヨナヨナ。笑って!」
「じゃあ、はい、チーズ」


ぱしゃ、と眩しいフラッシュに目を瞑ってしまう。セイカは画面で写真の写り具合を確認したあと、上出来だったのか、嬉しそうに頷く。再びデジカメをポケットにしまうと、それを待っていたかのように、部屋の入口にキャスパ―が顔を見せた。


「やあ、ココ。リベンジはどうだい?」
「もうみんな負けっぱなしよ。それより、セイカを商談に連れまわすなんて何考えてるの? 危ないじゃない!」
「こっちにも事情があるんだよ。セイカ、楽しかったかい?」
「楽しかったですよ。ヨナ君に会いました」
「そうかそうか。楽しそうでなによりだ」


よしよし、とセイカの頭を撫でるキャスパー。その後ろには、いつの間にかチェキータが追いついており、ヨナを見つけるとひらひらと手を振ってきた。ヨナも小さく振りかえすと、それを見ていたセイカはぱあ、と顔を輝かせてヨナを抱きしめる。それに対抗してか、反対側からはココが抱き着いてきた。


「ヨナ君。ヨナ君、可愛い」
「あ、セイカ! ヨナは私のだからね!」
「うん。でも可愛いものは可愛い」
「確かにヨナは可愛いよね!」
「それで、ココも可愛い。ね、バルメ?」
「はい! いつでもどこでもココは世界一ですっ!」


ぐ、と親指を立てながら満面の太鼓判を押してくるバルメに、セイカもヨナの頭をぐりぐりと撫でる。男性陣は、そんなヨナを羨ましいを通り越してもはや恨めしささえ漂ってくる空気を背負って睨んでいた。さすがにヨナもこれには何か危機を察知したのか、「二人とも、苦しい」とささやかな抗議を放った。それに対し、また男性陣の一部が(贅沢なやつめ・・・・!)と内心で血の涙を流していたのは、周囲にバレバレだろうが、一応黙秘されるべき事実である。


「ほら、セイカ。そろそろ行くよ」
「はい」


まさに鶴の一声というべきか、キャスパーの一言にセイカは潔くヨナから離れて、キャスパーの背中へとついていく。途中、チェキータがセイカをからかうような声が聞こえたが、廊下を曲がればそれもすぐに聞こえなくなった。


「どう? ヨナ。セイカに会った感想は」
「………普通の人だった」
「そう。セイカは普通の人だ。だけどね、ヨナ。私は、あの子は敵に回したくないと思ってるんだ」
「ココが?」
「そう。こと、知略戦において、私は彼女に勝てる自信がない」


そして、ココはにやりと笑って言った。


「言ったでしょ? セイカレーベルヴァインは、『遊戯(ゲーム)』の天才なんだって」